やりたいことが分からなかった私の、人生が変わった5日間
インドネシアにて
迷子のまま、自分らしく生きるためのお話を配信しています。
今日は私が人生迷子真っ只中だった頃のお話です。
私が初めて正社員として働いた企業はアパレルブランドだった。
そこで販売員として4年ほど働いていた頃のことだ。
正直に言うと、かなり鬱っぽくなっていた。やりたいことも分からない。このまま一生服を売り続けるのは何か違う。毎日それなりにこなしながらも、心のどこかで「これじゃない」とずっと思っていた。
そんな時期に、一人のインドネシア人とS氏との出会いがあった。
S氏はお店のお客さんで、60代のおじさん。50歳で仕事を引退し、年に4回程奥様と二人で日本に旅行に来るというお金持ちの方だった。英語が話せるという理由だけで私が接客担当になり、来るたびに少しずつ距離が縮まり、世間話をする仲になった。仕事の悩みも、人生の話も、気づけば何でも話していた。
わたしはあらゆる悩みを相談していた。友達や家族に話したこともない悩みをペラペラと打ち明けた。近すぎると話せない話題もS氏になら話せた。お互いに踏み込みすぎない店員とお客という立場が妙に話しやすくさせていた。
相変わらず仕事の悩みをS氏に伝えると、驚くことを言われた。
「仕事がしんどいんだったら休んでインドネシアに遊びにおいでよ。僕の家に泊まっていいから」
店員と客の距離感とは。そんなことはどうでもよくなり、私はすぐに「行きたい!」と返事をした。
私は何とか5日間の休みを獲得し、インドネシアへと旅立った。
バリ島&バンドン弾丸5日間インドネシア旅行
バリ島に着いたら、空港に私の名前を書いた紙を持った人が待っていた。観光も食事も全部アレンジされていた。日本語ができるガイドが私のためだけのプライベートツアーを組んでくれていたのだ。お寺で祈って、猿を見て、ナシゴレンを食べ、ケチャダンスを見た。私はバリ島で一銭も払わなかった。
夕方、ビーチに座ってぼーっと夕日を眺めていたら、色々な感情が込み上げてきた。
しんどかったアパレルの仕事。辞めたい。けど、その仕事がなければS氏とは出会えなかった。新卒カードを捨てて、留学をした。ペラペラにはならなかった英語だけど、それがなければ接客を任されていなかった。
過去のすべての経験がいまここにまで繋がっていたのだと思った。全部必要だった。だからこそ、今ここにいる。そう気づいた瞬間、心から「ありがとう」と思えた。過去にちゃんと感謝できた。
その後、バリ島を後にして、バンドンという街へ向かった。
飛行機のチケットまで用意されていて言われるがまま、私は国内線に乗り、小さな空港に降り立つと、また私の名前を書いた紙を持った人が待っていた。観光客もほとんどいない小さく静かな空港で、その紙は私だけのためのものだった。少し恥ずかしかったけど、悪くない気分だった。
車に乗って案内されるまま、山の方へ向かっていく。途中で大きなゲートをくぐった。そのゲートを越えてからも、山道をどんどん登っていく。
まさかのまさか、ゲートから先はすべてS氏の敷地で、ほぼ一山持っているようなものだった。
着いた先にあったのは、高い天井で、街が見下ろせる景色の広がる美しい家があった。お手入れされた綺麗な庭があり、大きなプールもあった。お金持ちなのは分かっていたが、予想以上のものだった。私は絶句し緊張していた。
「ようこそ。ここでは何をしてもいいし、何もしなくてもいい。好きなように過ごして」
そう言われて、私は泣いた。しんどかった日々の後に、見ず知らずの国で、こんなに温かく迎えられると思っていなかった。S氏には包容力がある。服装では決してお金持ちとは分からない身なりだけど、他者に対する態度がとても穏やかな方だった。
お土産を渡して、一緒に座って色々と話をした。
お手伝いさんは何人いるのかと聞いたら、「19人」と言った。19人。想像もしていなかった数字だった。
でも驚いたのはその数じゃなくて、その後に続いた言葉だった。
「みんなに住む場所を与えて、仕事を与えて、休暇もある。家族みたいなものだよ」
私はお金持ちの人に対して、ずっと偏見を持っていた。お金を持っている人はどこかズルいことをしているんじゃないか。誰かを踏み台にして富を手に入れたんじゃないか。そんな思い込みが、心のどこかにあった。
でも彼は違った。優しいお金持ちもいるんだ、とアホで世間知らずな感想をそのときは持った。
彼の生い立ちを聞いてさらに驚いた。もともとは田舎の貧乏な出身だったと言う。高校を卒業してフランスに渡り、道端でギターを弾いて小銭を稼ぎ、皿洗いのバイトをしながら奨学金で大学に入った。その後アメリカの大学院にも奨学金で進み、建築を学んだ。帰国後は観光ツアーの会社やトルコの絨毯を仕入れて売る会社など、いくつか起業して全部売り払い、テレビ局の仕事に転じて50歳で引退した。
「仕事があって、住む家がある。これほど幸せなことはないよ。何をそんなに悲しむことがあるんだ」
そう笑いながら言ったS氏の顔が、今でも忘れられない。
その言葉はお説教というより、経験から来る本音だった。貧しかった過去を知っているから言える言葉だと思った。私は「でも」の言葉を飲み込んだ。
S氏との出会いで確かに私はお金に対する自分の偏見が完全に塗り替えられた。お金を稼ぐことは悪いことではないんだな。お金があれば助けることもできる。仕事をあたえることもできる。豊かであることは、誰かに与えることができる。そんな当たり前のことを、初めて心で理解した。
帰国してから、私は貧困について調べ始めた。
インドネシアで初めて「貧しいとはどういうことか」という問いを持った。調べているうちに、国連やNGOがそのような仕事をしていることを知った。人生で初めて貧困を解決するために働く仕事があること知った。
「これだ」と思った。
私がやりたいこと、見つけた。
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たった10日間のインドネシア旅行が、私の人生を完全に変えてしまった。
今振り返っても不思議だ。あの旅に行く時は「ゆっくり楽しもう」くらいの気持ちだった。やりたいことを見つけようとか、人生を変えようとか、そんな大それた目的は何もなかった。
ただ、しんどくて、変えたくて、逃げるように休暇を取った。
そしたら思いもよらぬ経験ができて、素敵な人たちに助けられ、新しい思想や概念に出会った。
人生って、そういうものかもしれない。やりたいことが分からないままでも、嫌なことから逃げた先に、思いもしなかった出会いがある。
ちなみに今はそのやりたかった国際協力から距離を置いている。憧れて目指して叶えた夢の先にも人生は続く。
やりたいことはやった。そして今また、やりたいことを探している。ぼんやりとは見えている。今の私はそれでいいと思えている。自分の大切な価値観をきちんと理解したから。そこがぶれなければ職業や会社はそれほど重要なのではないのかもしれない。
もしあなたも今、やりたいことが分からなくなって迷っているなら、こういう人もいたんだな、と頭の片隅においてもらえると嬉しいです。
