惰性で続けたオンライン大学院を、やめた。
もったいないを手放す体験談。
頭の片隅に、ずっと居座っていたタスクがあった。
最近、約5年間在籍していたオンラン大学院を退学した。そして心が軽くなった、というお話。
そもそも、なぜオンライン大学院を始めたのか。理由はいくつかある。一つは純粋に興味があって学びたいと思ったこと。私はすでに夢だった国際開発の分野でキャリアの一歩を踏み出したばかりだった。働き始めるとよくわかる、自分の専門性のなさ。私は専門知識が欲しかったのだ。そしてあわよくば、私は〇〇専門家、なんて名乗るのだ。かっこいいではないか。
それから重要な理由がもう一つ。私は超絶暇だったのだ。コロナ禍で時間が余って余って仕方がない。当時は東ティモールも外出規制があって、私は一人で家を借りて暮らしていたので、まあ、喋らない、やることない、暇、暇、暇、だった。そして暇が続くと、とーーーーっても不安になってくるのだ。やることがないって辛いよ?生きてる意味がわからなくなる。人間やることがある方が楽なのです。少なくとも私はそうだった。何もせず時間だけが過ぎていくのはどうにもこうにも落ち着かない。好きなドラマを見てもアニメを見ても映画を見ても本を読んでも、なんだかやるせない。意味のある行動が欲しかった。タスクが欲しかった。だからオンライン大学院で興味のある修士号がとれるのはお得だと思ったんだよ。お金はかかるけど、それに見合うものだとも思った。そうやって始めたオンライン修士号だった。
それで、最初はよかったんです。コロナ禍で在宅勤務が多かったから時間もたっぷり取れて勉強が楽しかった。けれども、生活や仕事がだんだんと元通りになり始め、時間をとるのが難しくなってきた。そして勉強がめんどくさい、に変わり始めた。これでお給料もらってるわけでもなし…(←嫌な考え方だわ、ひどいわ、当時の自分)。
そして勉強が重荷になり始めた頃、私は休学することにした。オンライン大学院は働きながら通う人が多いようで、学校もいくつか制度をもっていた。私はすでに1年分の学費を納めていたので、それを学校にキープしてもらう形にして、翌年の同じ月に再開し、一年遅れで学習を継続する形となった。私はタスクを先送りにしたのだ。未来の自分に託した。やるかやめるかはあんたに任せた。
一年後、勉強を開始するときには仕事も軌道に乗り、生活もすっかり元通りで、もちろん勉強は重荷のままで、勉強時間はどんどん減り、けれども課題をこなすために週末にがっつり勉強して、なんとかがんばった。
一度課題に追われ過ぎて、仕事を休んだことがある。睡眠時間を削って、なんとか仕上げた課題の出来はもちろん最悪で、納得のできるものではなかった。頑張ったけど達成感はあんまりなくて、消耗した、という感覚だった。
私は自分に問い直した。なんでわざわざお金を払って、私はこんなに苦しんでいるのか。私はタスクが欲しかったのは時間が余っていたからであって、忙しい時にタスクを追加してほしいわけではなくて、やりたかった勉強はやらざるを得ない勉強に変わり、そうなるともう、本当にただただ楽しくない。それでも休学復学を繰り返しながらも結局5年もすがり付いていたのは、もったいないという意識からだった。こんなに時間とお金を費やして今辞めてマスターを取らないのはもったいない。将来この学位が役に立つかもしれない。そうゆう打算的な考えだけが頭にあった。けれども時間が取れなくてほんとうにしんどかったのは事実。
私はもう一度しっかりと考え直した。私は一体なにがしたいんだろうか。この修士号がないと働きたい職種にはつけないのだろうか。そもそもわたしがしたいことはなんだろうか、人生においてわたしが価値をおいているものはなにか。もう一度見つめ直した。もう答えはわかっていた。勉強やめよう。しんどいもん。将来に後悔するかもしれない。けど、もったいないからといって続けている今の勉強は、本当に私のやりたいことではない。学びは学位の外にだってあるのだ。見栄をはるために学位を取りたいわけではない。私は知識がほしいのだ。嫌なことはやめよう。そうゆう精神で生きてきたじゃないか。
やめよう、もう。もったいないけど、やめよう。正直、将来に後悔するかもしれない怖さはあったけど、軽さが勝っていた。その決意で私の心は本当に軽くなった。
やめる決意ができたのは、当時描いてたキャリアパスからすでに降りていたことも大きかった。国際協力の分野で専門家になって働けたらかっこいい、なんて思っていたけど、もう国際協力の仕事から離れてしまっていたのだ。
本当に人生って予測できないもんでして。当時の頭で考えていた未来だからね。私の頭脳は成長したんだな。全然違う未来に来ている。
学歴ってなんのためにあるんだろう。それは選択肢を増やすためで、人生を豊かにするためで、結局は、幸せになるためにあるんじゃなかろうか。勉強も仕事も遊びも全部、それは自分を幸せにするための選択肢でしかない。その手段と目的を履き違えるときっと苦しくなる。
私は幸せになるために、学びたいし、働きたい。そうゆう動機で人生選択していきたい。

ナイスチョイス😉❗